寅さんの面白さをこの年になってようやく知った。
昭和44年の10月から始まった映画は全部で50作にもなるが、Amazonプライムで第一作目が観られることもあり、何の気無しに鑑賞してみた。お馴染みのテーマ曲が流れ、古い昭和の風景が映る。何もかもが昭和だ。「三丁目の夕日」を観て中期の風景とそこで繰り広げられる人情喜劇は平成の世でヒットした。しかし、当然ながらその風景はセットとCGでありリアルではない。
男はつらいよ、の舞台となっている葛飾柴又だけでなく、虎さんが旅をする全国津々浦々の映像は歴史的な資料としても価値がある。昭和44年は西暦1969年でビートルズがスタジオの屋上でLIVEをしたり、アポロ11号が月面に着陸した年だ。
そして僕がこの浮世に産まれたのも1969年である。
映画を観ていると何もかもが懐かしい風景に溢れており、建物の造りや看板、ファッション、鉄道、自動車、空、土手などなど僕が幼い頃に目にした光景そのままだ。
特に目を引くのが自動車や鉄道車両、そして下町や田舎の建築デザインの素晴らしさ。現在のものと比較をしてしまうと、圧倒的に当時のデザインのほうが心に響いてくる。映画に出てくる登場人物たちのファッションや髪型もまた個性的なだけでなくオシャレで華やかだ。当時は普段着として和服を着ており、それが誠に粋で格好がいい。
特に女性の着物姿はとても美しく品がある。第一作目のマドンナ役(御前様の娘さん)を演じた光本幸子さんが、劇中で最初に登場した場面は素晴らしかった。虎さんが一目惚れをしてしまうのも納得してしまう。それくらいの眩しさだった。
それと同時に、洋服が庶民に根付いてはいるが、どことなく垢抜けない感じがするのは、ファッションにまでお金と気持ちが回らない当時の世相でもあるし、今現在の日本も同じようなものだ。
この年末年始は、
2024年の年末からお正月にかけて第1〜13作まで観たが、往年の名女優さんたちが各作品の花となり、寅さんの心を奪っていた。個人的には、二作目のマドンナ役(名優東野英治郎が演じる英語塾の先生の娘)佐藤オリエさん、四作目の(帝釈天が運営する幼稚園の保母さん)栗原小巻さん、そして9話の(仲間と旅をしていたOL)吉永小百合さんがひときわ輝いてみえた。
女優さんだけでなく、昭和を代表する名優たちがこれでもか、というほど登場する。妹さくらの結婚相手ひろしの父親役では志村喬さん、赤子連れの母親(宮本信子)の父親では森繁久彌さん、虎さんが面倒を見ていたマドンナの故郷の先生役で田中邦衛さんなど、深みのある演技に圧倒されてしまった。
この国の昭和という時代は、悲惨な戦争があって爆弾を落とされて焼け野原になった。何もないところから復興をしたわけだが、それを支えていたのは間違いなく庶民である。僕たちのお爺さん世代、そして親世代は貧しいながらも前向きに生きてきた。
だから、現在の日本と僕がある。
お金も教養もない寅さんが、誰よりも笑って、怒って、泣いて、旅をしながら人々と心を通わせる様子は、爽快で愉快だ。インターネットもスマホもないのにとても豊かに思える。そう、幸福とはデバイスの外にあるのだから、寅さんの世界はファンタジーであり夢物語であるにしても、現在の映画やドラマと比較すれば、どっちのほうが心豊かなのか?は一目瞭然だ。
「昔はよかったなあ」と言うつもりはいっさい無いのだが、広告と情報(他人の価値観)だらけの現代社会で、本当に満たされた心で生活するのは実際に大変なことだと思う。
モノがなくて不便さや不幸を感じていたのが昭和であれば、モノ(情報も)がありすぎて不幸になっているのが令和の世というわけか。そんな意味でも「男はつらいよ」の世界観は僕たちが幸福に生きるためのヒントに溢れている作品だと思う。
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