2025年7月5日問題についての心構えと予言が当たった際の対応を考えてみた。

3月18日は羽田空港から鹿児島へフライト。翌日、鹿児島の気温は低くアウターを着て行動していたが、関東平野は雪が降った。この日は窪田さんが羽田からフライトだったのだが太田から両毛号に乗り都内へ向かっている途中、雪の影響で30分以上立ち往生したらしい。なんとかギリギリ出発には間に合い、鹿児島空港で合流することができた。

3月19日の最高気温は3℃のなか、ベルーナドームではオープン戦が開催され、上着を着ても寒さに震えながら観戦しているお客さんの姿が映し出されていた。選手も大変だったと思う。

そして6日後の3月25日の高麗は25度を超える夏日となった。

Tシャツでも暑く感じたほどだ。

日本といえば春夏秋冬の四季があって当然だと思っていた。しかし西暦2020年代に入ると春と秋はあったいう間に過ぎ去り長い夏と冬だけの列島になったしまったようだ。そんなこの頃ではあるが、5年ほど前から不穏な噂が目に入るようになった。最初は、とあるカフェで見かけた漫画の単行本だった。

雪が降る高麗の風景

2025年7月に大災害が起こる、という予知夢を見て漫画に書き起こした。出版されたのが確か1999年で、その予知夢以外にも強烈なインパクトが3.11、つまり東日本大震災を予言しており、実際に当たったことだ。今では有名になったが僕がカフェで見かけた時は、知る人ぞ知る漫画だった。

その後、2025年7月に大災害が起こるかもしれない、という話はYouTubeで数多く見ることができるようになった。僕が最初に知った漫画だけではなく、多くの能力者が同様なことを言っているとか、アメリカ政府が絡んでいるとか、トランプ政権になってその計画が頓挫したとか、諸説ある。いずれにしても、僕の周囲では2020年以降、東京や沿岸部を離れて移住した人が何人もいるし、なるべく標高が高い場所にある家に引っ越した友人もいる。

南海トラフ地震かもしれないし、大隕石の落下による津波かもしれないし、自然災害になるのか人為的(人工地震や核攻撃)なものになるのかわからないが、とにかく大騒ぎになる事態が起こるという予言(警告)なのだ。

そんなバカなと思う人も当然いるだろうが、用心に越したことはない。もし、本当に当たったとしよう。今住んでいる高麗の海からの距離を考えると、直接的な被害はないと思える。もちろん楽観はせずに防災の準備はしておく。しかし、物流インフラは壊滅状態となるだろうし、生活物資もお店から消えるだろう。3.11の時もそうだった。

備蓄をしておけば一ヶ月くらいなんとかなると思う。

しかし、問題は仕事だ。

2020年は食料自給のために地域の仲間たちと畑を耕した

未曾有の大災害が起こるとすれば、仕事は大きなダメージを喰らうことになる。

平常時のようにインターネットが使えるとは限らないし、災害に乗じて他国がネット上に強力なウイルス攻撃をしかけて何ヶ月も使えない可能性だって大いにある。準備をしている住宅ブランドも社会が復興するまでは仕事にならないだろう。つまり、収入源が絶たれることになる。政府が市民を助けてくれないことはパンデミックの時に思い知らされた。すべて自己責任で大災難を乗り切る必要がある。肉体労働でも日雇いでもどんな仕事をしてでもお金を稼いで家賃を払い、水道光熱費を払わなければならない。

そして何よりも食べていくには食料が必要だ。

2025年3月現在の日本は、米不足によって去年の2倍以上の価格になっているし、売る米がなくて店をたたむ米屋も現れている。昨年度の不作と昭和からの減反政策の影響だそうだが、5kg4000〜5000円に上昇し、それに便乗してバスマティライス等の輸入米も高くなっている。

2020年から始めたパーミーズの活動は、仕事が多忙となり休んでいるため現在畑はやっていない。しかし、このような状況だとまた野菜作りを復活させる必要があると感じている。さいわい家の庭が広いのと一昨年、16tもの良い土が入ったので耕せば畑ができる。トマト、きゅうり、茄子などの夏野菜、ほうれん草やバジルなどの葉物。かぼちゃ、じゃがいもに菊芋などなど自家菜園で美味い野菜をもりもり育てたいし、スイカにも挑戦して夏は豪勢に丸ごと食べたいと思う。

こんなことを書いていると、遠足前日の子供のようなおやつを揃えてウキウキしている気持ちに似ていることに気づく。台風が来る前も大雪が降る前も妙に気分が上がってしまう性分だから仕方がない。台風が来るぞ来るぞ、と大騒ぎをして素通りした時にはがっかりしてしまう。

今回の予言についてもきっと同じような気持ちになるだろう。

ただ、今回のように極一部の人々だけであったとしても予言という形で表に出ている時は、それが起きないことが多い。3.11の時のように予告も警告もない時にドカンとくるのが世の常だ。だから、予言が実現する可能性は低いのではないだろうか?

いざとなったらインドにでも移住するか

ノストラダムスの大予言がそうだった。

1999年にアンゴルモアの大王が降り注ぐ的な予言であったが、解読が間違っていたのか、それとも外れたのかは分からない。ファティマ第三の予言にいたってはトラウマになりそうな背景と内容が、あまりにも恐ろしいとのことで公にされていない。一説ではロシアによる核ミサイルの発射を発端とした大規模核戦争とのことだ。冒頭に書いた予言漫画のようにファティマ第一の予言と第二の予言が当たっていた事実があることで、第三の予言がなおいっそう恐ろしく感じる。

▶︎ファティマの予言:ウィキペディア

いずれにしても、予言が当たっても外れても僕としてはなるべく身軽な状態を保ち、世界がどんな状況になったとしても対応(生活)できるように、いざとなったら日本を脱出するくらいの心構えと準備はしておこうと思う。沿岸部に多数の原子力発電所がある国で、今でも福島原発からは大量の放射性物質を海に放出していたり、放射能の影響で居住ができない区域があることを考え、最悪を想定すれば日本脱出は現実的な選択肢のひとつだと思う。

現在、伝手があるのは横浜でパーティケータリングの仕事をしていた時の社長がいるカナダ、友人がいるニュージーランド、そして来世を先取りしてインドが考えられる。

さて、子供の頃の雑誌で見かけた地球規模の大災害は、生物兵器によるパンデミック、第三次世界大戦、巨大隕石の落下、異常気象による大干魃、地軸移動、原発事故による放射能漏れ・・・などを思い出す。近年では原発事故と、武漢第四ウイルス研究所から漏れたCovid-19は世界を大混乱におとしいれ、雑誌に書いてあったことが現実になった。

▶︎コロナ起源は「中国研究所の事故」 米下院小委が最終報告:日本経済新聞

パニック映画のほとんどが最初の予兆を見逃していたり、無視をしたり、そんなバカなこと!と笑い物にした結果、実際に大災害が起こるのだ。そして、予言が外れてホッとひと息つけたとしても、これだけ激しく世の中が変化しているのだから、何が起きても不思議ではない。とどのつまりは、心の奥底に「どんなことがあっても自由に楽しく生きていくぞ!」という覚悟を持つことが大事なんだと思う。

そして、情報に惑わされず自分の頭でしっかり考えて、ひたすら動くことだと思う。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。