「海軍特別年少兵」戦争の虚しさと人間の美しさを描いた東宝映画。

海軍特別年少兵

高校がつまらなくてファミコンでスーパーマリオで遊んでいた16歳の頃は、バブル景気が絶頂期の浮かれた日本社会というものが意味不明で、未来がまったく見えない僕なりに懸命に生きていた。将来、自分が何かをしたいとかこんな大人になりたい、という目標も希望もなく親に甘えながらダラダラと時間を浪費する..そんな日々を過ごしている間に昭和が終わった。

Amazon primeの東宝名画座で観た「海軍特別年少兵」を観終わったあと、自分の少年期を思い返してみると、その違いに愕然とするばかりだった。もしも、ゲームのように自分が生まれる時代と場所を自分自身で選択できるとしたら、彼らはどんな精神と目標を持っていたのだろうか。アメリカとの戦争の末期、過酷な戦場のひとつだった硫黄島で14〜16歳の少年たちおよそ3800人が戦い、死んでいったという事実があって、その訓練の様子や家族との触れ合いを描いたのがこの映画だ。

戦局が悪化し、兵士や熟練兵が不足。2017年、14歳になると志願によって集められた少年たちを訓練し始めた。「将来の海軍の根幹をなす技術兵器の専門家・下士官を長期育成する」ことが目的だったらしい。元々は数年かけて精神と技術(砲術、水雷、航海、機関、通信など)を叩き込まれる予定だった。しかし、ミッドウェイ海戦以降の敗戦を機に、圧倒的な物量を誇り、無線傍受技術に優った米軍にまったく勝てなくなった日本海軍は崩壊。将来の中堅幹部候補として訓練されてきた少年たちは戦いの最前線に続々と送り込まれて、硫黄島での玉砕攻撃や人間魚雷となって死んでいった..

まるでコミックや映画のような話だが、本当にあった事実なのだから驚くしかない。

実際の特別年少兵だった方のインタビューをYouTubeで観た。志願した理由にさらに驚いた。ある日、学級の担任教師が特年兵の志願を募ったそうだ。「日本は大苦戦している。誰か海軍に志願する者はいるか?」と言われると皆、うつむいて誰ひとり手を挙げないでいると「貴様たちは利己主義だ!」「日本がどうなろうと自分さえよければいいのか!」と怒鳴られ、気が弱かったこの方は先生から怒られるのが嫌でしぶしぶ手を挙げ、その後の検査に合格してしまい入隊したという経緯を語っていた。

年少兵に志願をすると、舞鶴や横須賀、佐世保などの訓練所に配属される。そこでは、過酷な軍事教育が行われた。午前は、英語や数学や物理などの学科授業や軍用暗号などの術科訓練を受け、午後からは実技などの猛訓練で、少しでも誤ったり弛んでいると激しい体罰が待っていた。自分だけのミスだけでなく他者の誤りも集団で体罰を受け、暴力の恐怖はあるものの仲間たちとの助け合いや心ある教官の指導によって少年たちは死よりも精神と国を重んじる日本兵になっていく。

映画での教官は、若き日の地井武男さんが演じている。海軍の伝統である体罰を肯定し、少年たちに鉄拳をふるいながらも、父親が飲んだくれ実家が貧しい少年には同情し、心を寄り添っている。特別年少兵は、とても貧しい家の出身が多かったようだ。兵士になることを強制され、国のために死んでいくことを美徳としていた時代。戦争に異を唱える者は共産主義者として排除される。

もしも、僕がこの時代に生きていたらどんな選択をしていたのだろうか。

お国のために戦争で死んで奉公するというアホのような同調圧力に染まらない人たちもこの映画では描かれているが、漏れなく憲兵隊や特高に狙われ拷問によって思想改造を狭らる。ダメなら最前線送りで社会から抹殺されるのがこの時代のルールだ。

1972年に制作されたこの映画は素晴らしい内容だった。演出、脚本、俳優さんたちの演技も見事で安っぽさがいっさい無い。特に、少年たちを演じた若き俳優さんたちには脱帽だ。以前、このブログでも書いたが「日本のいちばん長い一日」以外の日本の戦争映画はどれもつまらないと思っていたが、古い映画は面白いものが多々ある。

個人的な志向ではあるが実写の戦争映画はリアリティが重要だと考えている。反戦を目的とした内容なら尚更だ。リアリティは観る者に没入感をもたらす。映画の世界にどれだけ意識を浸らすことができるかは、作り物であることを忘れさせる演出が大事だ。だから、美しい女優やイケメン俳優が登場すると、リアルを作ることは難しくなる。この映画は、ふつうの日本人の顔をした俳優陣で固めている。三船敏郎も加山雄三も星由里子も出てこないから没入感が保たれる。

結局のところ、戦争という環境が人を狂わせるし、本性を分かりやすい形で見せてくれる。日本もアメリカもドイツも英国もソ連も、枢軸国も連合国も関係なく狂った。人々が叫ぶ正義はすべてが偽物にすぎない。戦渦に生きる人それぞれが、信じることに従って命を燃やし魂を磨くしかない。

そんな世界で、少年たちのように純粋に生きることは、死ぬことよりも価値がある。

ただ、僕がもしこの時代に生まれたとしたらどんな手を使ってでも戦争には行かず、思考を止めることなく、この異常な世界で人生を楽しむための努力をしようと思う。

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