
ほとんど晴れ間を見せなかった2026年9月はほぼ毎日雨が降った。
今まで生きてきたなかでいちばん降った。
秋の長雨では済まないくらい降った。千葉では被害が出たし、各地で道路が冠水して自動車が立ち往生したり床上浸水のニュースがXを賑わした。渡航先のインドも雨季だったこともあるが毎日雨。さすがに、地球がおかしくなっていると思ってしまうくらいずっと雨が降っていた。10月になると日本列島に近づいてくる台風の進路が外れてどこかへ行ってしまうようになる。
そんな10月5日のことだった。
友人たちとgunniiで昼食をともにした後、自転車での帰り道。国道ではなく裏道で帰宅しようと思い、橋を渡りながらふと川を覗いてみると。驚くほど綺麗に流れる高麗川があった。
データを調べてみると、近年は雨が降る日が減っているという。以前と比べると年間で10〜15日ほど減っているらしい。代わりに、ゲリラ豪雨のような大量の雨が降るため年間の降雨量は微減らしい。もともと、埼玉の南西部は雨量が少ないエリア。そこからさらに雨が降る日が減っていたということだ。
群馬県に住んでいた頃は夏になるとしょっちゅう激しい雷とともに夕立がきた。この世の終わりかと思えるほどの雨量だったが僕はそれが好きだった。世界も自分も洗われるような感覚になってなぜか気持ちが不思議と落ち着いた。だから、埼玉暮らしはどこか物足りなさを感じる。
高麗川が目の前を流れる家に8年ほど住んでいたし、この地に住む理由のひとつが高麗川の流れを楽しむことだ。雨が降らないと川底の石に藻が生えてしまい、それに太陽が反射すると透明ではなく緑に映る。それがいまひとつ綺麗ではなくテンションが上がらない。藻が生えるのは、自然現象だけでなく家庭からの排水も大きく影響しているらしい。もちろん生態系も変わってしまう。
まとまった雨が降ると流れによって藻が洗われて本来の透明になる。
雨は自然の営みだから人がコントロールすることはできないが、人間の生活によって川が美しくなくなっていくのであればそれは残念なことだ。暮らしのなかでひと工夫することで影響を少なくすることはできる。洗剤の使用量を減らす。汁物、スープは捨てない。漂白剤を使わない。重曹を使う..などなど。
僕の生活を振り返ると残した汁物を捨ててしまっていた。ああ、自業自得だったのか。
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